みなさんこんにちは、岩下 幸圓(イワシタ コウエン)です。今回はびじゅチューン!の『納涼シアター』の元ネタである『納涼図屏風』を紹介したいと思います。
作者って誰?何が描かれているの?モチーフは何?などの疑問に答える記事になっています。
それではよろしくお願いします。
『納涼図屏風』の概要
タイトル | 納涼図屏風・紙本淡彩納涼図 |
作者 | 久隅守景(くすみもりかげ) |
制作年 | 17世紀(江戸時代) |
材料/技法 | 2曲1隻 |
寸法 | 約149㎝×約165㎝ |
所蔵 | 東京国立博物館 |
この作品は国宝として東京国立博物館に所蔵されています。
国宝と聞くとパッと目が引くような明らかにいいとわかるものですが、この作品はなんとなく地味な印象を受けます。
しかし、この作品の趣(おもむき)を知るとこの作品はとても良い作品です。それではこの作品を解明していきましょう。
モチーフ
この作品に描かれている情景は夏の夕暮れで少し月が見え始めたころです。
その月の光の下、夕顔棚の下で涼む家族の姿を描いています。
男性は太く力強い線で描かれており、逆に女性は繊細な線で描かれています。子供はわんぱくがすぎたのか、着物の片方がはだけています。
夕顔棚には夕顔のツタが這っており、果実を結んでいます。
ウリ科の植物で、蔓性一年草。実の形によって細長くなった「ナガユウガオ」と、丸みを帯びた球状の「マルユウガオ」とに大別する。
Wikipedia「ユウガオ」より引用
確かに言われてみるとそう感じますね。
この作品の着想元
この作品の元となったモチーフは江戸時代の歌人・木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)が歌った
夕顔のさける軒端の下すずみ男はててれ女(め)はふたの物
(現代語訳:夕顔が這っている夕顔棚の下で涼む男は襦袢(じゅばん)あるはふんどし、女は腰巻を着ている)
木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)
と言われています。聞くだけで夏の涼しさを感じることのできる和歌です。
このように和歌などから着想を得るのは尾形光琳作『八橋蒔絵螺鈿硯箱(はつはしまきえらでんすずりばこ)』や尾形乾山作『色絵竜田川文透彫反鉢(いろえたつたがわもんすかしぼりはんばち)』など多くの作品にも使用されています。
文学から視覚作品にすることは今も昔も変わらず行われているんですね。
謎多き絵師・久隅守景(くすみもりかげ)
この作品の作者である久隈守景は謎多き画家です。作品点数は200点以上ありますが、その足跡を残した資料が少ないためです。
彼は通称半兵衛といい、他にも無下斎、無礙斎、一陳翁、棒印などと呼ばれていました。
狩野派の時代
元は狩野探幽(かのうたんゆう)の弟子で、その中でもかなりの実力を持っていました。
『画乗要略』と言う画家批評本で「山水や人物が得意で、その腕は雪舟と並び、狩野探幽門下の中で右に出る者はいない」と評価されるほどです。
相当な実力者であることがわかります。
不祥事つづきの家族
しかし、息子の悪所通い(いわゆる遊郭通い)などの素行不良で破門されてしまいます。しかも罪を犯して佐渡に流されてしまいます。
さらに娘も狩野派の門下生と駆け落ちをしてしまうという不祥事が相次ぎました。(ちなみに娘も狩野派絵師です。)
名作の誕生
家族の相次ぐ不祥事がきっかけで狩野派から距離を置きました。
後に彼は金沢に引っ越し、今回紹介した『納涼図屏風』や、『四季耕作図屏風』を制作しました。
農民の何気ない日常を、味わいのある墨線で描かれた作品は彼独自の世界観であるでしょう。
3人はどんな関係?
この『納涼図屏風』は、一見すると夫と妻、子供の家族団らんの姿に見えますが、一説によるとそれではないという見解もあるそうです。
子供は女性のほうから離れており、男性がそこを隔てています。このことから、男女の子供ではなく、男性の子供であることが推察されるのです。
また男性に比べ女性は若く見えるので男性の娘なのではないということです。
つまり、男性の娘と息子が一緒に納涼を楽しんでいるという風景なのです。
そしてもしこの男性が守景自身だったら、この作品は守景の家族を描いていると考えられるのです。
もしかしたら彼は娘・息子と共に納涼を楽しむそんな日常を望んでいたのかもしれません。
まとめ
『納涼図屏風』は作者の謎の多さから無限の想像が楽しめる作品になっています。
もしかしたら誰かはシアターを想像するかもしれませんね。
最後までお読みいただきありがとうございました。他にもびじゅチューン!の元ネタなども紹介していますので是非ご覧ください。
まだこの記事を読んでいない方、この記事は個人的にオススメしている記事です。
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