グランド・オダリスク徹底解説!構図や色彩、エピソードなどを紹介

今回はグランド・オダリスクを徹底的に解説していこうと思います。

Wikipediaでも描かれていないこの絵画作品の構図や色彩のすごい点を独自の目線で紹介し、どうしてこの作品が名画なのか、

背景やエピソードを解説・紹介していこうと思います。

それではよろしくお願いします。

グランド・オダリスクの概要

作品名グランド・オダリスク
作者ドミニク・アングル
制作年1814年
技法/材料キャンバスに油彩
サイズ88.9cm × 162.56cm
所蔵ルーブル美術館、パリ

グランド・オダリスクは1814年に

フランスの画家[su_highlight background=”#fbf808″]ドミニク・アングルが描いた油絵の作品[/su_highlight]です。

サイズは88.9cm × 162.56cmで、

人物がほぼ等身大(か少し小さい)サイズで描かれていることが考えられます。

現在はフランスパリのルーブル美術館に収蔵されています。

描かれている女性は優雅で美しいですね。

顔や装飾品、布の表現などかなりリアルに描かれています。

今見ても、いい作品だな、と思う方もいるかと思います。

だけどこの作品、発表された当初かなりの不評でした。

大不評…グランド・オダリスク。そのわけは?

グランド・オダリスクは発表された当初、かなりの不評でした。

当時の批評家は

「このように劇的で捻った姿勢には、もう二、三本の背骨が必要である」

と言われてしまいました。

つまり、「こんな姿勢、背中がもっと長くないとできないよ。

形が狂っている。

と批判されたわけですね。

たしかに解剖学的に見ても、腕や足が長く、

おまけにおしりも大きいことが後年の研究で指摘されています。

(相対的に顔が小さく感じますね)

当時の批評家の歪みに対する批判はある意味では正しいです。

グランド・オダリスクの変なところをまとめると

  • 頭が小さい
  • 手足がながい
  • おしりがおおきい
  • 胴が長い

という点が批判されました。

だけどこれ、作者のドミニク・アングルが絵が下手だったのでしょうか?

ちょっと話をずらして、彼について紹介します。

ドミニク・アングル

ここでグランド・オダリスクの作者であるドミニク・アングルについても少し紹介します。

ドミニク・アングルは19世紀を代表するフランスの画家です。

1780年にフランスの画家の息子として誕生します。

1791年の11歳のころ、美術学校に入学し、新古典主義の巨匠、ジャック=ルイ・ダヴィットのアトリエに入門します。

ジャック=ルイ・ダヴィットの自画像

1801年、若手の登竜門であるローマ賞を受賞します。アングル21歳のときです。

その後は、海外留学でラファエロやミケランジェロなどの古典を研究し、

40代には新古典主義の代表者として君臨するようになります。

他にも勲章をもらったり、フランスアカデミーの院長をしたり、

アングルの大回顧展が開催されたりしました。

他にも彼の歴史にはエピソードがありますがここではこれくらいにします。

さて、そんな経歴を持つ彼ですが、

あまり正しく人体を見ることができなかった画家なのでしょうか。

他の作品を見てみましょう。

1800年に制作された『男のトルソ』では男性の体の中にある筋肉が見えるような忠実でリアルな絵を描いています。

1800年制作『男のトルソ』

筋肉の一つ一つの配置にこだわっていることが分かります。

1808年制作の『スフィンクスの謎を解くオイディプス』でも本物と見まごうリアルな肉体を描いています。

1808年制作『スフィンクスの謎を解くオイディプス』

同年製作の『浴女』では裸婦を描きますが、肉体を解剖学的にも正しく描かれているように思えます。

1808年製作『浴女』

『グランド・オダリスク』と比べてもより現実味のある骨格をしています。

(しわひとつない肌の表現や肉の感じやふくらみは理想化されています。)

実際1808年のサロン(日本の日展のようなもの)に出品した時には評価されており、気に入った人に購入されているんですね。

つまりドミニク・アングルは超写実的で完成度が高く、

評価も上々の作品を描きました。

解剖学的にも絵画の技術的にも

高いレベルの画家であることがうかがえます。

このことから、グランド・オダリスクは

わざと崩れたプロポーションで描いたということが分かります。

また彼は絵画における最大の構成要素は

デッサンであると考えていましたから、

物の形に関しては徹底的にこだわっています。

下の動画はドミニク・アングルのデッサンをまとめたものだそうです。

これだけでも彼の技術力の高さがうかがえます。

ドミニク・アングルがグランド・オダリスクで表現したかったこと

ではなぜわざと解剖学的に歪んだ女性を描いたのでしょうか。

これにはアングルの目指した形式美、

理想美に対する考え方が強く反映されています。

女性の美を形式化し、理想化したことにより女性の骨格という現実を越え、

より美しく、理想的な姿を表現したと考えられます。

このように女性の体を滑らかな曲線のようにすることで、

女性の優雅さや美しさを彼なりに表現したかったのではないでしょうか。

ちなみにですがこのグランド・オダリスクは

アングルの師匠ダヴィットの作品のオマージュをしているとされています。

ダヴィッド作『レカミエ夫人の肖像』は1800年に制作された油彩画の作品です。

グランド・オダリスクと比べてみると、

こちらの方が解剖学的に正しいように見えますが、

女性の優雅さや滑らかさの点では現実的でややかたく見えます。

オダリスクって誰?

ところでこの絵画作品のタイトルにある

「グランド・オダリスク」ですが、

このオダリスクというのは一体誰なのでしょうか。

オダリスク(Odalisque)とは

オスマン帝国(トルコ人のオスマン家が支配する帝国)のスルターン(君主や権力者)などのハレム(女部屋)で奉仕している、またはそこにいる女性のことです。

色々と単語が出てきましたが、要するに

オダリスクはトルコの偉い人の女奴隷(側室)

のことと言えます。

オダリスクの語源はトルコの言葉の「部屋」を意味するオダリクでしたが、

フランス語で誤用されオダリスクとなりました。

オダリスクの前にグランドがついていますが、これはフランス語の「grand」で「偉大な」とか「身分の高い」などの他と比較して上位の存在であることですので、

恐らくですが、高い地位の女奴隷=側室の可能性もあります。

(単純に大きいオダリスク、偉大なオダリスクのようなという解釈もできます。)

グランド・オダリスクはなぜ描かれたのか

グランド・オダリスクはナポレオンの妹である王妃カロリーヌ・ボナパルトの依頼で製作されたものです。

ちなみに当時ドミニク・アングルはナポレオンお抱えの画家でした。

そのため、カロリーヌ王妃とも面識があったんですね。

話を戻します。

なぜトルコの女奴隷をモチーフにした油絵をドミニク・アングルに依頼したのでしょうか。

これはこの作品が描かれる時代背景がありました。

作品が描かれた18世紀から19世紀は

ナポレオンがエジプトに遠征したり、

アルジェリア(北アフリカ)のフランスへの併合などがありました。

その時に、西洋ではあまり見かけない文化や調度品、

工芸品などが輸入され、触れ合う機会が増え、

西洋以外の異国や東洋の文化、芸術を研究されるようになりました。

アントワーヌ・ド・ファヴレイ作『トルコ衣装を着たヴェルジャンヌ伯爵』1760年代

美術品もその影響を受け、

オリエンタリズム(異国趣味、東方趣味)が大ブームになりました。

(似たようなブームとしてジャポニズム(日本趣味)もありますね。)

その中で、トルコのハレムという文化も入り、

それを画題にした「オダリスク」が当時好まれる題材となりました。

なので、この時代にはドミニク・アングルの

「グランド・オダリスク」ほかにオダリスクを題材とした作品は多く描かれ、

ウジューヌ・ドラクロワや

フランソワ=エドゥアール・ピコ、

フランソワ=レオン・ベヌヴィルなど

当時を代表する画家たちによって描かれています。

グランド・オダリスクの色彩構成

ここからはグランド・オダリスクはどうしていい作品(名画)なのかを色彩と構図で考察していきます。

グランド・オダリスクの色彩構成のメインカラーはブルー、

そしてアクセントとしてイエローが使われる色彩構成をしています。

白と黒の対比関係も見逃せない色彩構成の一つですね。

ブルーとイエローの色彩

右上にあるブルーのカーテンと左下にあるイエローの

本来この配色は補色関係と言ってお互いを引き立てる関係の色です。

(細かく言えば近補色関係ですが、ここでは割愛)

しかし、補色をむやみやたらと使うと

ハレーションという色と色の境がちらつく現象が起きます。

それを解決するために、アングルは二つの工夫を行っています。

一つ目は明度と彩度を落とす方法です。

原色(チューブから出したそのままの色)の黄色と青の場合、

このハレーションが強くなりますが、

色の鮮やかさを落とすことでその現象を減らすことができます。

二つ目は無彩色で間を挟むという方法です。

黄色のドレスと青のベッドやカーテンを見てみると

白のシーツやオダリスクの肌で間を挟むことによって

ハレーションをよわめることができます。

これにより、画面の色彩を引き立てながらも、

全体の調和を保つことができます

この方法を用いている有名な例として

フェルメール作「真珠の耳飾りの少女」があります。

このように色と色の間に別のを挟むことを「セパレート配色」と言います。

ここではわかりやすくブルーをメインカラー、

アクセントを黄色として解説しましたが、

細かく言えば実は三色で構成されています。

ブルーがメイン、イエローがアソート、アクセントは?

メインカラー、アソートカラー、アクセントカラーという三つの色が調和してグランド・オダリスクは描かれています。

これはデザインやファッションの配色で用いられる用語ですが、

色彩構成にも適用できます。

センスがいい配色とされているのは、メインカラーが70%、アソートカラーが20%(から25%)、アクセントカラーが5~10%とされています。

このような配色をこのグランド・オダリスクでも使われています。

メインカラーはもちろんブルー、そして次に目立つアソートカラーはイエローですね。

もう少しよく見てみると、レッドがあることが分かりますか。

中央の扇、そして右下にあるキセルの色がレッドです。

よく見るとカーテンの一部にも赤が使用されています。

少ない面積の色ですが、

アクセントカラーは画面を引き締める役割を果たしています。

グランド・オダリスクの構図

グランド・オダリスクの構図は対角線構図と言えます。

対角線構図は対角線上に注目するモチーフを配置する構図です。

グランド・オダリスクでは、左上から右下の対角線上に顔と足裏が入り、

体のラインが対角線を支えるように流れています。

それに加えて∞(無限)の導線が存在しています。

この理由については記事の後半で解説します。

まずは構図を分解・解釈していきましょう。

構図の主役

構図の主役は何といっても画面左上にある顔でしょう。

これは人間の視線の癖で、人間の顔をしたものに最も重視を置くためだからです。

(言い換えるなら、脳が人の顔をいち早く見つけるため)

それに加えて、この画面をモノクロ(白黒写真のよう)にしたとき、コントラスト(明暗差)が最も高いのが、顔だからです。

実際にモノクロにするとよくわかるかと思います。

明暗差(明るい所と暗いところの差)が強いところに人は注目するという視線(脳)の癖があるためです。

この顔+コントラストを強くして主役にする手法はジョン・エヴァレット・ミレー作『オフィーリア』でも用いられています。

主線

主線(主軸)は左上から右下にかける右下がりのラインがあります。

主線とは画面全体を支配する流れのことで、この線が画面の全体感を左右します。

このななめのラインにより、静的になりがちな構図に動きがある様に見せています。

支線

バランスのいい作品や名画の中には、主線に加えて支線も重要な要素です。

支線とは主線を支える役割をする線で

主線と直角に交わっていたりしている場合があります。

主線を支える支線(支軸)はカーテン、扇が行っています。カーテンをよく見てみると裏返っている部分がありますよね。

それが主線に対して対立した関係をしており、

これが主線を支えている支線となっています。

また、扇もそれに続くように支線を作り、画面の主線を支えています。

ストッパーとしての香炉、シーツ

この右下がりの主線の場合、鑑賞者の視線が右下に行ってしまい、画面から視線が流れてしまいます。

この流れてしまう視線をストップさせるストッパーとして

右側に見える香炉(とキセル)があります。

このストッパーがあることで、右下に流れた視線を一度上へ挙げ、

鑑賞者の視線を操作しています。

さらに言ってしまえば、このキセルの筒の部分も支線となっています。

また、左下の黄色のドレス(もしくは布団)は

左下に行ってしまった読者の視線を中央へ引き寄せる役割を果たします。

グランド・オダリスクの∞(無限)

グランド。オダリスクは画面に∞(無限)があります。

これは鑑賞者の視線の動きが∞の形をしているためです。

この作品をもし鑑賞するとしたら、

まず初めに画面左上の顔に注目するかと思います。

(人間は人の顔に最も注視をする傾向があるため。)

そして顔から、右肩、右腕、足首、足裏と右下へ流れていきます。

そして、香炉(又はキセル)の誘導で右上へ視線が移動し、

カーテンのひだに導かれるように上へ視線が行きます。

その後、カーテンの裏返った白い線へ目線が行き、画面中央へ行きます。

下へ行くと扇にあたり、さらに下へ、画面の中央下へ行こうとすると、

白いシーツが左へ視線を誘導していきます。

すると、アクセサリーや黄色いドレスに視線がぶつかり、左上へ行きます。

最後にオダリスクの左腕が右上へ視線を誘導させ、再び顔に戻ります。

このように鑑賞者の視線が∞の字を描くように誘導されるため、

このグランド・オダリスクは∞が存在するというわけなのですね。

グランド・オダリスクの美しさ、不気味さ、奇妙さの理由

グランド・オダリスクはアングルが求めた女性の理想美が描かれていますが、

美しさの中にどこか不気味さ、奇妙さがあります。

これは最初に紹介した肉体のディフォルメに対しての

写実的な表現のギャップが生み出したものであると言えるでしょう。

(いわゆる不気味の谷現象が発生していると言えます。)

だけど本当にそれだけでしょうか。

今回は2つの別の視点でグランド・オダリスクを見ていこうと思います。

一つ目の視点、肉体表現です。

彼はあまりにも形式美を重視したため、

人間のようにきれいなところや汚い所、

不均等なところを含めたリアルさではなく、

彫刻や絵画のような汚い所(醜い所)を排除し、

理想化したため、同じ人間なのに生きているような感じがしないようにみえるわけです。

(あまりにも均等、均質な質感は「不気味の谷現象」につながるのかもしれません。)

美しいけど、生きていない。

ということが不気味さ、奇妙さにつながったのではないでしょうか。

二つ目の視点、顔です。顔の向きに注目してください。

顔は右頬をこちらに向けていますね。

人間の右側の顔(頬)は心理学的に理性を司り本音が出にくい場所と考えられています。

これにより、描かれている人が本当に笑っているのか、

笑っていないのか、本心が分かりづらく感じるのではないでしょうか。

本心が分かりづらいという点で不気味さを感じるかもしれませんね。

まとめ

グランド・オダリスクは19世紀を代表するフランスの画家

ドミニク・アングルによって油絵具で描かれました。

発表されたと当初は「形がゆがんでいる」と批判されましたが、

これは彼の女性を曲線に沿わせるように変形させることで

現実を越えた理想的な美しさを表現するためです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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