こんにちは。画家の岩下幸円です。
油絵を中心に描きながら、美術史や心理学の視点から「絵とは何か」を考えてきました。
最近、「絵とイラストって何が違うんですか?」とよく聞かれます。
僕も聞かれたときに確かにふたつの違いはなんだろうと思いました。
一見シンプルな質問ですが、実はとても深いテーマです。
なぜなら、そこには人がなぜ描くのかという根本の問いが隠れているからです。
絵とは何か ― すべての“描く行為”の百貨店

辞書を開くと、「絵」とはこうあります。
物の形・姿、想像したありさまなどを線や色彩で表したもの。絵画。
〈明鏡国語辞典より〉
つまり「絵」という言葉には、
見たままを描く(具象画)も、想像を描く(抽象画)も、
どちらも含まれています。
僕はこの「絵」という言葉を
平面表現の百貨店のようなものだと考えています。
そこには油絵も、デジタルアートも、漫画も、落書きもすべて含まれる。
人間が面の上に“何かを描いた”という行為の結果が、すべて「絵」なんです。
絵画とは ― 自分の内側を描くもの

西洋で発展した油絵を思い浮かべてください。
キャンバスに描かれた対象は、単なる「モチーフ」ではなく、
作家の感情や思想を映す鏡でもあります。
美術史家のエルンスト・ゴンブリッチは言います。
「絵画とは、歴史的文脈と作家の表現が交わる場である。」
歴史的文脈というと大げさですが、時代の空気感と言ってもよいでしょう。
つまり、絵画は「時代の空気感」と「自分の中の問い」が交わる場所なんです。
誰かに説明するためのものではなく、自分自身と向き合うための絵。
だからこそ、意味がないように見えても、
絵の中には“その人の呼吸”が確かに存在します。
絵(色や形)自体が主役であるとも言えるでしょう。
内容というものはそもそも書かれないことがほとんどです。

イラストとは ― 内容を伝えるための絵

一方で、イラスト(illustration)は少し立ち位置が違います。
辞書にはこうあります。
雑誌・書籍・広告などの挿絵・説明図など。イラスト。
〈明鏡国語辞典「イラストレーション」より〉
もともとイラストは、内容をわかりやすく伝えるための視覚的な道具でした。
物語の挿絵、広告のビジュアル、商品パッケージのイメージ…。
つまりイラストは「意味の補助」を担っていたのです。

ジョン・テニエルの『不思議の国のアリス』の挿絵を思い出してみてください。
あれはまさに「物語を支えるイラスト」。
主役は物語であり、絵はその脇役です。
けれど、脇役でありながら、見る人の心に残る“感情”を宿している。
そこがイラストの素晴らしさです。
現代の感覚 ― 「絵」と「イラスト」は重なり始めている
とはいえ、現代の日本では、辞書的な線引きがそのまま当てはまりません。
SNSでは「絵を描いています」と言いながら、アニメやキャラクターを描く人が多い。
「絵」と「イラスト」が自然に混ざり合って使われているんですね。
これは、
- 言葉の省略化(“イラスト”を“絵”と呼ぶ)
- 描く文化の広がり(誰もが絵を描ける時代)
の二つが影響しています。
今では“絵師”という言葉も、かつての職人とは違い、
SNSや創作の中で“イラストを描く人”を指すようになっています。
つまり、「絵」という言葉はより広く、柔らかく使われるようになったのです。
イラストの本質 ― 記号化された表現
僕が感じるイラストの特徴は、記号化です。
たとえばアニメや漫画のキャラクターは、
目や口、体のラインを“省略”や“誇張(デフォルメ)”によって描きます。
・目は丸く大きく
・鼻は点やくの字
・口は線だけで表情をつくる
・身体は「女性らしい柔らかさ」「男性らしい力強さ」を象徴として描く
こうした“省略と強調”がイラストの魅力。
写実を超えて、「意味」を形で伝える技法なんです。
だからイラストは、ある種の“言葉”に近い。
伝えるための絵=イラストということです。
※差別やステレオタイプを助長するという議論がありますがここでは割愛させていただきます。
絵画とイラストの違いを整理すると
ふたつの違いをまとめてみましょう。
| 観点 | 絵画(Fine Art) | イラスト(Illustration) |
|---|---|---|
| 目的 | 自己表現・内面の探求 | 情報伝達・メッセージ性 |
| 主体 | 作家自身 | 依頼者・読者・社会 |
| 評価軸 | 表現・構成・感情の深さ | 分かりやすさ・伝達力 |
| 技法 | 筆触・質感・物質性重視 | デジタル・印刷想定・視認性重視 |
| 時間感覚 | 「感じ取る」絵 | 「読み取る」絵 |
でも僕は、ここに優劣はないと思っています。
どちらも“心を動かす絵”なんです。
違いがあるとすれば、
絵画は自分に向かって描き、イラストは誰かに向かって描く
ということ。
視覚心理学の視点 ― 「見る絵」と「読む絵」
心理学者アルンハイムはこう語ります。
「構図とは、形と力のバランスである。」
イラストは“読む”絵。
一瞬で意味が伝わるように、形と色が整理されている。
絵画は“見る”絵。
時間をかけて感じるように、筆の跡や空気感が呼吸している。
僕はこの違いを、「伝える絵」と「感じさせる絵」と呼んでいます。
どちらが正しいではなく、どちらも人間の表現です。
境界を越えるアートの現在
デジタルペインティングやNFTアートが登場して、
絵画とイラストの境界はもはや存在しないと感じます。
イラストレーターが個展を開き、油彩画家がデジタルで制作する。
僕自身も、写真を参考にパソコンで下描きをつくり、
それをキャンバスに転写して油彩で仕上げることがあります。
最初は「これは絵画なのかイラストなのか」と迷いましたが、
今では**“どちらの言葉にも属さない表現”**があっていいと思っています。
まとめ ― 絵もイラストも、心のかたち
最終的に言えるのは、
絵はイラストを含む“描く行為”そのものであり、
**イラストは記号化された“伝える絵”**だということ。
そして、そのどちらも「心を動かす力」を持っている。
絵画は沈黙の中で語り、イラストは言葉を添えて語る。
どちらも人間が“何かを伝えたい”という根源的な衝動から生まれています。
参考文献
- 明鏡国語辞典(大修館書店)
- 美術と視覚〈上・下〉―美と創造の心理学 (ルドルフ・アルンハイム著)
- 美術の物語(エルンスト・H・ゴンブリッチ著)












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