『審判はフリーダ』の元ネタ・モデル『私の心のディエゴ』を解説

私の心のディエゴ『審判はフリーダ』
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岩下幸円(イワシタコウエン)
愛知県在住の芸術家。 独学で絵を学びたい人に役に立つ情報をシェアしています。 色彩検定2級を取得。 小学校教諭一種免許を取得。 寝ている生物(特に猫)が好きです。

この作品に隠された彼女の心情と物語。それらは最愛のディエゴのために。

みなさんこんにちは、岩下 幸圓(イワシタ コウエン)です。今回はびじゅチューン!『審判はフリーダ』のモデル・元ネタを紹介したいと思います。

それではよろしくお願いします。

『審判はフリーダ』のモデル・元ネタ

タイトル私の心のディエゴ
作者フリーダ・カーロ
制作年1943年
材料/技法キャンバス・油彩
寸法不詳
所蔵メキシコ近代美術館

『審判はフリーダ』のモデルはフリーダ・カーロ作『私の心のディエゴ』です。

この作品は、作者であるフリーダ・カーロの自画像でもあり、ディエゴを描いたものです。

フリーダ・カーロとディエゴ

フリーダ・カーロ

フリーダ・カーロはメキシコの女性画家です。

彼女の生涯は病気との戦いでした。

通学に使用していたバスが路面電車と衝突。

生死をさまよう重症でしたが、何とか一命をとりとめました。

しかし、後遺症により入院生活を余儀なくされ、彼女は退屈な生活を紛らわせるため本格的に絵を描くようになりました。

さらに、当時交際していた恋人とも自然消滅。その孤独感からさらに絵にのめりこむようになりました。

その後、普通の生活が送れるようになると、知識人や芸術家が集まる活動サークルに参加。メキシコ共産党へ入党しました。

そこで出会ったのがディエゴでした。

ディエゴ・リベラ

ディエゴ・リベラもメキシコの画家で、キュビズムの影響を受けた作風をしています。

フリーダは彼の絵に感銘を受け、闘病生活時代の自分の絵を彼に見せました。

ディエゴも、フリーダの絵に大きな感銘を受け、二人は急激にその距離を縮めていき、ふたりはめでたく結婚をしました。めでたしめでたし…

といかないのがこのディエゴです。

ディエゴは結婚したのち、フリーダの妹と関係をもちます。

このことにショックを受けたフリーダは当てつけのように、彫刻家イサム・ノグチと関係を持ちました。

イサム・ノグチ

この年に描かれた『ちょっとした刺し傷』はこの時のフリーダの心情をよく表しています。

その後、フリーダは画家として成功。フランスやイギリスで展覧会を開くなど精力的な活動をしました。

1935年『ちょっとした刺し傷』

それと同時にリベラとの夫婦の仲は冷めていき、離婚します。

孤独感から、一層絵にのめりこむようになります。

1949年『ディエゴと私』:離婚の前後、ディエゴはフリーダの親友とも浮気しています。その時の苦悩がこの作品に表現されています。

その後も数々の賞を受賞、画家としてさらに成功を収めていきます。

しかし、右手の疾患や脊椎(せきつい)の痛みなどから、製作ができなくなりました。

治療を続け、健康状態が安定したころ、フリーダはリベラへの再婚を提案しました。

経済的に自立をさせること、性的関係を結ばないことなどの条件をのんで、リベラは合意、サンフランシスコで二度目の結婚をします。

フリーダはメキシコでさらに名を知られるようになり、講師や委員会に選出されるようになりました。

さらに美術の教員にも選ばれ、まさに画家としての頂点に達しました。

しかし、もともと体が弱かったフリーダは、晩年になると、入退院を繰り返すようになります。

足の切断や持病の耐え難い痛みから、だんだんとふさぎ込むようになります。

何度も自殺を考え、絵を描くこともままならなくなる。

そんな中で描かれたのが『私の心のディエゴ』です。

彼女の日記にはこのようにつづられています。

6か月前、脚を切断され、一世紀にもおよぶと感じられるほどの長く、耐えがたい苦痛に見舞われて、私は時々正気を失った。

いまだに自殺したくなる時がある。

ディエゴだけがそんな私を思いとどまらせてくれる。

なぜなら、私がいなくなれば、彼がさびしがるだろうと思うから。

1954年2月 フリーダの日記

そしてこの日記が書かれた同年、フリーダは肺炎によって死亡しました。

まとめ

『審判はフリーダ』の元ネタ・モデルはフリーダ・カーロ作『私の心のディエゴ』です。

彼女は、ディエゴの見境のない女性関係に悩まされながらも、いつも心の中にはディエゴを愛し続けていました。

『私の心のディエゴ』では彼女の生涯と、ディエゴへの感情が詰まった作品のように思えます。

『審判はフリーダ』の登場人物・小ネタ

登場人物

谷くん

『姫路城と初デート』で姫路城とデートしている男の子です。

今回はテニス対決をしていますね。

デューラー

『1500年のオーディション』で役を得るために努力していました。

今回は谷くんとテニス対決です。

梅あゆみ

『紅白梅図屏風グラフ』で主演を務めたアイドル・女優です。

今回は野球でキャッチャーを務めました。

とげとげ刑事

ひとよだけ巡査』ではひとよだけに捜査を依頼していましたね。

ヘルスチェックインザヘル』では定期検診を受けていました。

今回はピッチャーとして登場しました。

兵馬俑の兵士

『兵馬俑ウェディング』で花嫁と花婿を祝ってダンスをしています。

今回はバッターとして登場しています。

猿が今回歌詞をくるくるしてくれました。

このモデルはフリーダ・カーロの自画像に出てくる猿だと考えられます。

1938年『猿のいる自画像』

小ネタ

「VIVA LA VIDA」の意味

この意味はスペイン語で「人生万歳」と言う意味です。

この言葉はフリーダ最後の作品『人生万歳』でスイカに刻まれていました。

この作品を考察するのも、フリーダを知ることにつながりそうですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

ほかにもびじゅチューン!に関する記事を掲載しています。

そちらも是非ご覧ください。

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